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名古屋地方裁判所 昭和53年(ヨ)1229号 決定 1979年3月27日

申請人 太田弘

<ほか三五名>

右申請人ら代理人弁護士 大脇雅子

同 佐藤典子

同 浅井得次

被申請人 津島市ほか十一町村衛生組合

右代表者管理者 佐織町長 堀田秀丸

右代理人弁護士 鈴木匡

同 大場民男

同 山本一道

同 鈴木順二

同 伊藤好之

主文

一  被申請人は、自ら若しくは第三者をして別紙物件目録(一)記載の土地上に建設中の別紙物件目録(二)記載のごみ処理施設の建設を中止し、これを続行してはならない。

二  申請人らのその余の申請を却下する。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

一  申請人らは、申請の趣旨として、主文第一、三項同旨及び「執行官は主文第一項の趣旨を公示するため適当な方法をとらなければならない。」旨の裁判を求め、その理由として別紙記載のとおり主張した。

二  次の事実は、本件疏明並びに審尋の結果により一応認められる。

1  被申請人は、津島市並びに愛知県海部郡内の蟹江、弥富、佐屋、佐織、七宝、美和、大治の各町と、十四山、飛島、立田、八開の各村が、地方自治法二八四条に基づき設立したいわゆる一部事務組合である。

2  申請人らは、被申請人が別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という)上に建設中の同目録(二)記載のごみ処理施設(以下「本件ごみ焼却場」という)の東約五〇ないし二〇〇メートルに位置するいわゆる宇治団地内に土地、建物を所有するなどして居住する住民である。そして、本件ごみ焼却場と申請人ら居住家屋との位置関係は、別紙図面のとおりである。

3  被申請人は、昭和五二年一二月本件土地上に本件ごみ焼却場の建設に着手し、その進捗状況は、別紙工程表のとおりであるが、現在では昭和五四年五月末の完成まで日数にして二ヶ月余を残すのみである。

4  本件ごみ焼却場が完成し稼働を始めた場合、右焼却場から右のような至近距離に居住する申請人らは、その程度はさておき、その主張にかかる各種公害の被害を被るであろうことは容易に推測されるところである。

5  ところで被申請人は、本件ごみ焼却場から排出される各種大気汚染物質の濃度(以下はいずれも煙突<五九メートル>出口においてのそれ)について煤塵は〇・〇五g/Nm3(大気汚染防止法での規制値は〇・二g/Nm3)、窒素酸化物は二五〇PPM(同法での規制値も同じ)、硫黄酸化物は二五〇PPM(同法での規制値はK値=9、約一七一四PPM)、塩化水素は七〇〇mg/Nm3(約四三〇PPM、同法での規制値も同じ)をそれぞれ越えないことを目標としている(以下これらの数値を「規制目標値」という)ところ、右目標値それ自体はいずれも、一応は、各種公害発生規制法規及びこれに基づく具体的基準の範囲内のものである(もっとも、塩化水素に関して言えば、私企業である化学工場における規制目標値は八〇mg/Nm3<約四九PPM>であり、ごみ焼却場の場合より厳しいことが注目される)。

三  そこで、本件ごみ焼却場完成後これを稼働させたとき、はたして、受忍限度を越える公害発生の可能性がありうるか否かについて、本件記録及び審尋の結果に基づき検討する。

1  先ず、塩化水素につき考察する。前記のとおり規制目標値は七〇〇mg/Nm3(約四三〇PPM)であるが、端的にいってこれが達成の可能性は極めて低いものと解さざるを得ない。即ち、

(一)  塩化水素に限らず、発生の予測される各種大気汚染物質濃度の規制目標値が達成され得るか否かについては、先ずもって現在及び将来にわたってのごみ量、ごみ質、気流の状態等についての十分な事前調査が必要であるが、本件にあってはこれが極めて不十分である。部門によってはほとんど調査がなされていないといってもよい。厚生省のいわゆる「ごみ処理施設構造指針」によれば、施設整備計画の前提として数年間、月一回程度にごみ質の分折を行っておく必要がある旨指摘しているが、被申請人は、昭和五二年五月、七月、昭和五三年七月に津島市につき計三回、佐屋町と弥富町につき各一回しか調査を実施しておらず、しかも塩化水素発生原因であるプラスチック等の塩素系高分子化合物ごみ(殊に塩化ビニール等)の混合割合等については未調査のままである。その他、右指針の要求する程度の環境影響評価<いわゆる環境アセスメント>もなされておらず、さらには、住民との間で、公害防止対策、住民による公害監視体制、被害が発生した場合の補償措置などの問題について具体的に協議をした形跡も見当たらない。

(二)  被申請人は、前記塩化水素目標値達成のために分別収集(塩化ビニール系ごみを仕分け収集しこれは埋め立て処理する方式)を先ず試みる対策の用意がある旨、また、これは厚生省の指導にも合致する旨の見解を表明するが、右指導に基づく分別収集を被申請人が現実に試みた形跡はないし、分別収集の徹底的実施の困難性にかんがみ、その方法で右目標値達成ができるかどうかはすこぶる疑問であるところ、前記のとおり、ごみ量、質等についての調査すらされていない現状に照らすと、右対策で足るものとはとうてい考えられない。被申請人傘下住民約二五万人の排出する各種ごみ(産業廃棄物は除く)につき、右収集方法によって右目標値達成が可能であるとするが如き被申請人の見解は、住民に対する広報活動を試みた疏明もない本件においては、いわば机上のプランの域を出ないものである。

そして、当然のことながら現在右各種ごみの中には、塩化水素発生原因である塩化ビニール物質が相当程度混入しており、むしろ今後ますますその割合は増加することが見込まれる。とすれば、右目標値達成のためには、本件ごみ焼却場に当初から塩化水素除去装置を設置する必要があったものと考えられる。にもかかわらず、本件においてはその設置の具体的な計画、並びにその実現可能性を窺わせる疏明もない。

したがって、本件ごみ焼却場から排出される塩化水素にかぎっても右目標値を達成する可能性は少なく、本件ごみ焼却場と申請人らの居住家屋との前記位置関係からみて、申請人らがその生命、身体、健康等に対し重大な悪影響を受けるであろうことは容易に推認することができる。

2  塩化水素については、右のとおりであるが、そのほかにも各種大気汚染物質の排出されることは被申請人も自認するところであり、また悪臭、騒音等も多少とはいえ発生することも予測されるので、前記塩化水素のほかにこれらの諸点をも考え合わせると本件ごみ焼却場は、申請人らに対し、社会生活上受忍すべき程度を越す有害な影響を与える蓋然性が存するものといわなければならない。

四  次に、保全の必要性について判断する。

本件疏明によれば、被申請人は本件ごみ焼却場内に、排出ガス中の有害物質等の成分を分折するモニター(有害ガス分折測定装置)を設置すること、操業開始までの試運転期間中被申請人加入市町村全域からのごみをすべて本件ごみ焼却場で処理し規制目標値範囲内であることを確認すること、操業開始後も前記モニターを用いて、右有害物質が規制目標値より多く排出された場合には、直ちに既存のごみ処理施設(旧炉)で処理し、そのために旧炉を一、二年間程度再開可能な状態で保持しておき、他方、本件ごみ焼却場内に確保してある敷地内に塩化水素除去装置を早急に設けるよう努めること、等の対策を一応検討していることが窺われる。

しかしながら、右モニターは必ずしも常に申請人らに対し公開されているものとは言えず、また、試運転期間もごみ量、ごみ質、気流の状態等の季節変動を考慮した場合に十分な期間であるとは言えない等の問題があるのみならず、とりわけ、塩化水素の除去装置設置については前記のとおり具体的な計画があるわけでもなく、その設置には国等の補助金以外に多額の経費を要することが予測され、そのため被申請人傘下の全市町村の同意が必要であることを考慮するとき、右除去装置設置の実現可能性は安易にこれを肯定できるものではないと言わねばならない。また、被申請人のいう旧炉なるものも老朽化が激しく、しかもこれは一市四町を対象とした施設に過ぎないのであって右除去装置に代る機能を果し得るものとはとうてい考えられない。

したがって、被申請人に前記のような対策の検討がされているということだけでは、本件ごみ焼却場から排出される塩化水素が前記目標値を越えないとの保証はどこにもない。

そうであるとするならば、本件ごみ焼却場設置の公益的必要性を十二分に考慮しても、それから排出される大気汚染物質、殊に塩化水素ガスによって申請人らが被る前記被害を未然に回避するため本件ごみ焼却場の建設を一時中止し、改めてその設備の機能を再検討し、申請人ら地域住民との話し合いのうちに適当な善後策を講ずる必要がある。

五  以上のとおりで本件差止申請は理由があるのでこれを認容し、なお、執行官による公示を求める部分については必要がないものとしてこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 至勢忠一 裁判官 東條宏 北澤章功)

<以下省略>

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